vol.1 その灯火に想いを馳せる~和蝋燭の魅力

vol.1 その灯火に想いを馳せる~和蝋燭の魅力

 人類がここまで進化するにあたって、火の使用は欠かせない要素の一つであった。ものづくりにおいて、食べることにおいて、そして、明かりを灯すにあたって。火はあらゆるシーンで活用がされてきた。もっとも、現在は火に代わって電気が使用されることが多くなっているが、それも人類の歴史から見ればまだごくわずかな期間である。


長きに渡って人類の生活に寄り添ってきたからだろうか。灯火は、どこか落ち着きをもたらしてくれる。火がもたらす明かりには、電気にはない温もりと安らぎを感じる。誰もが経験したことがあるのではないだろうか。
では、その灯火に、上質さを求められるとしたら―単なる灯火に留まらない、唯一無二の体験ができるとしたら―。


今回紹介するのはその繊細なつくりや灯火に魅力がありながら、多くの人がまだ触れたことがないであろう和蝋燭だ。生み出される上質さの秘密や、洋蝋燭との違いはどこにあるのか。和蝋燭を手掛けるHAZE(ヘイズ/埼玉県川越市)の櫨佳佑さんに、和蝋燭の魅力と、蝋燭にかける想いを伺った。

和蝋燭を手掛けるまでの経緯

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 今では一つひとつの蝋燭をその手で造り上げている櫨さんだが、社会人としてのスタートはサラリーマンであったと言う。現職へと転身した理由は、どこにあったのか。


「きっかけは2011年の東日本大震災でした。あの震災を機に、時間が有限であること、明日があることが当たり前ではないことを痛感しました。当時はサラリーマン生活に悶々としている自分がいて、せっかくだから自分が費やす時間、仕事が何かの糧になってほしい、そんな想いから始まりました。」


その想いを体現するにあたって、なぜ行き着いた先が和蝋燭だったのだろうか。聴いてみると、幼い頃から櫨さんは和蝋燭との関わりがあったという。

「祖父の仏壇を訪れた際は、必ず和蝋燭を灯していました。しかしながら、それが当たり前ではないことに、サラリーマン時代気がついたのです。会社の後輩にお土産として和蝋燭を渡したのですが、和蝋燭という存在自体を初めて知ったようでした。私自身も、生活に染みついていた和蝋燭が当たり前の存在ではないことに驚きました。」

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そこから、和蝋燭についての探求を始めたという櫨さん。調べていくうちに見えてきたのは、市場が縮小し続ける厳しい現実だった。


「図書館に行っても、文献などはほとんど残っていませんでした。蝋燭屋も全国に10件ほどしかなく、蝋を作っているのは2件、芯の製作所に至っては1件のみでした。」


10年後には、生産されなくなっているだろう。そんな危機感から、生産者のもとを訪ね、想いに触れながら業界への足掛かりを作っていった。

和蝋燭の特徴と魅力

 そもそも、和蝋燭とはどのようなものなのか。


一般的に、「蝋燭」と聞いて多くの人々が思い浮かべるのは、洋蝋燭だろう。
洋蝋燭は基本的に、石油を原料として作られている。大量生産・安価な販売が可能で、誕生日ケーキや夏の花火など、日常的に使用されているものは洋蝋燭であることが多い。


では、和蝋燭は洋蝋燭とどのように異なるのか。明らかな違いは、その材料にある。


「和蝋燭の蝋は、櫨の実を原料にした植物性のものです。うち(HAZE)で作る蝋燭は、仏具ではなく日常に溶け込むようなものをつくりたかったので蝋をカラフルにしていますが、顔料も植物由来です。」

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「ただ色素については、当初は植物由来のものではなく、顔料を用いていました。しかし、『着色は何でしているのか?』という問いに対して、『蝋燭の顔料を使っています。』と答えることにずっと違和感がありました。蝋は植物性なのに、着色が顔料になることはすごくマイナス要素だなと。そのため、どうにかして植物性のものに変えられないかと思っていました。」


今では、専門家に依頼をして植物性を使用するに至っているという。なぜ、そこまで植物性にこだわるのか。見えてきたのは、櫨さんの考える蝋燭のコンセプトだ。


「安全で何も気にならない、生活の邪魔にならないものを目指しています。その点、洋蝋燭は灯すと頭痛がする人もいます(櫨さんもその一人)。洋蝋燭から放たれる臭いや空気を吸うことは、身体にも良くないのではないかと感じています。対して植物性は、臭い(匂い)もせず、特に気にならない。究極に安全なもの、という点では“植”を越えて“食”に近い原料、抹茶やココアから色付けをすることもあります。」

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加えて、蝋燭づくりの工程にも特徴が見られる。蝋燭づくり、と一言で表しても、そこには3つの工程が存在するのだ。


「蝋燭をつくる人、蝋をつくる人、芯をつくる人とで分かれています。つくっている人も違えば、場所も違う。いわゆる分業制です。」


HAZEがその中で担っているのは、蝋燭づくりである。簡単にではあるが、作業工程をお聞きすることができた。


「蝋燭づくりにも3つの工程があります。①芯を串に刺して、薄い蝋でコーティング②芯を塗り重ねて太くする③頭と根本を溶かし落として完成です。」


そうして分業制、各工程を経て造り上げられる和蝋燭。洋蝋燭にはない特徴は、どんなところにあるのか。


「特徴は①煤(すす)が少ない②芯が太いため、炎が大きい③風がなくても揺らぐところです。HAZEでつくる蝋燭は香りもつけていないので、シンプルに炎を楽しむことができます。灯したときにもっとも美しさを発揮するので、ここぞというときに灯してもらいたいです。」


 各分野、各地で人の手によって事細かに造り上げられる和蝋燭。時間は掛かるが、その分灯火は魅力的で、同じ火は二度とない。想像以上の奥深さが、そこにはあった。

HAZEと蝋燭に込められた想い

 先述したように、自分が費やす時間や仕事が何かの糧になってほしい、という想いから蝋燭づくりを始めた櫨さん。その“何か”は蝋燭を通して、どのように人々に届けられているのだろうか。ブランドに込められた意味合いや、櫨さんが紡ぐ言葉を通して、2つの価値が見えてきた。

Ⅰ 「儚さ」を通した美意識
日本人には、「儚さ」が一種の美意識として刻み込まれている。桜は、その代表格と言えるだろう。満開に咲く桜の木々は、誰の目にも美しく映る。しかしながら、その美しさも長くは続かない。春風と共に、1週間ほどで散りゆく運命にある。その儚さも含めて、我々は毎年心を打たれているのではないだろうか。そして、その儚さは蝋燭にも通ずるところがあると、櫨さんは話す。


「蝋燭の美しさも、その儚さにあると思っています。それはつまり、“あってないようなもの”。形にはない、言葉では表せないような美意識が桜や蝋燭にはあり、日本人に刻み込まれた美意識だと思います。」


「ブランド名のHAZEは和訳すると『霞(かすみ)』や『靄(もや)』となります。“あってないようなもの”を体現する言葉です。そして、HAZEをローマ字読みすると、蝋の原料である“ハゼ”となります。」


ブランド名にも、深く、かつ重要なメッセージが込められていることが伝わってくる。

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Ⅱ 心豊かに過ごせる時間
現代社会は、とにかく忙しない。仕事はもちろん、SNSなどで常に社会と繋がることが求められるため、心落ち着く時間は限りなく少ない。かつてはサラリーマン生活を送っていた櫨さんもその現実に直面し、自身の中で問題提起をしてきた。そうして行き着いたのが、蝋燭である。最後に、櫨さんの蝋燭づくりの根幹にある想いをお届けする。


「現在は時間の感覚、捉え方がどんどん早まっていると思います。朝早く起床し、満員電車に揺られ、そこまでしてしたくもない仕事をする…。一日、一分が目まぐるしく過ぎてゆきます。ただ、そんなに急いで走る必要はないと思います。このような現代社会だからこそ、心豊かに過ごせる時間や何かが必要です。」


「和蝋燭にはその力があります。焚火や暖炉もそうですが、灯火がもたらす温もりは、人々の心を温かくしてくれます。加えて、何も考えないような、いわゆる“無の境地”をもたらしてくれる。忙しない現代社会には、そんな時間が必要だと思います。ぜひ蝋燭に火を灯して、心豊かに過ごしてもらいたいです。」

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 蝋燭がもたらす温もりを感じたのはいつだろう。筆者自身振り返ってみると、奇しくも、櫨さんが蝋燭づくりを始めるきっかけとなった東日本大震災に行きつく。当時は計画停電で電気が一定期間使えなくなるなか、蝋燭に火を点け部屋に明かりを灯していた。その当時、静けさの中で輝く灯火によって体感した安らぎは、今でも鮮明に覚えている。そして現在―同じく混沌とした世界に直面する今、同じように灯火は我々に静寂と落ち着きをもたらしてくれるのではないだろうか。


感染症や世間体に神経を擦り減らす今だからこそ、心落ち着く時間が必要だ。その時間を、和蝋燭がもたらしてくれるに違いない。